コミュ障なのに営業マンになった結果

「今まで来た営業マンの中で一番ひどいな! こんなんやったらもう担当要らんわ!」

僕は営業に不向きな人間だとわかってはいたが、まさかここまでとは思わなかった。
自分でも何を言っているのかわからなかったし、とにかく緊張して声が震えていた。
そんなコミュ力も自信もない新人が、「これからあなたの担当です」なんて言って来るのだから、怒るのも当然だ。

「申し訳ありません。私も引き続きフォロー致しますので・・・・・・」

そう言って、その場は先輩が収めてくれたが、僕は全身の血の気が引き、完全に戦意喪失していた。
ランチをおごってもらったが、一口も喉を通らなかった。
僕は元々、人と話すのが得意ではないし、人見知りが激しく、人と目を合わせることすらできない。
要するに、コミュ障である。
営業職を志望したのは、そんな自分を変えたかったからだ。
だが、それはあまりにハードルが高いことを思い知った。
営業職に就いたことを、激しく後悔した。

「田中さんは言うこと厳しいけど、頑張っていればちゃんと応えてくれる人だから」

そう言うのは先輩だけではなかった。
営業所の誰もが、そして競合他社の営業マンも皆、口を揃えて言っていた。
田中さんは良くも悪くも、「売れる商品」ではなく、「売りたい商品」を売る人。
嫌われてしまったら終わり。過去には出入り禁止になった営業マンもいるという。
その代わり、気に入られると、めちゃくちゃ売ってくれる。
販売力がものすごいのだ。

そこで、会社は登竜門的に、新入社員を田中さんの担当に充てていた。
先輩が田中さんの担当となったのも、2年前の新入社員の時だ。
最初は結構ボロクソに言われたらしいが、「田中さんのおかげで営業力が強くなった」と感謝していた。
実際、先輩は3年目にして営業成績トップだった。
だから、コミュ障で「ダメな新入社員感」が半端なかった僕を田中さんの担当にすることで、変わることを期待したのだろう。

しかし、田中さんの立場からすると、とんでもない話だ。
2年前にも新人を充てられて、やっと一人前になったかと思いきや、また新人を充てられる。
しかも、「今まで来た営業マンの中で一番ひどい奴」である。
これほどのマイナススタートは後にも先にもない。

でも、会社を辞めるわけにはいかない。
ここで辞めてしまったら、本当にダメな人間になってしまうだろう・・・・・・。
どうすればいいのかわからなかったが、とにかく田中さんに会いに行くことを目標にした。
話すのが苦手なら、話さないでも伝わるようにと、資料をたくさん用意した。
残業しまくったし、めちゃくちゃ要領は悪かったが、この時に覚えたエクセルとパワーポイントのスキルは、今でも大いに役立っている。

田中さんが僕を見る目が少し変わったのは、新商品の勉強会を行った時だ。
新商品が発売されると、販売店様向けに勉強会をして回る。
閉店後、夜8時頃から始まり、長い時は日付が変わることもある。
勉強会が長くなるのは、お店側の売る意欲が強い時だ。

田中さんには、かなりお願いして勉強会をさせてもらった。
最後は先輩にも同行してもらうという条件付きで、勉強会を行うことになった。
僕は学生時代にバンドをやっていたこともあり、人前に立つことには少し自信があった。
「ここで頑張れば認めてもらえるかもしれない」という思いで、丁寧に資料を作り、何度も家で練習した。
その結果、勉強会は大成功。
深夜2時まで新商品をどうやって売るか、売場作りやキャンペーンはどうするかなど話し込んだ。
田中さんから「見直したわ」と言われて、とても嬉しかった。

それからは、田中さんもまともに相手をしてくれるようになった。
実を言うと、今まで電話すらかかってきたことがなく、「こんなんやったらもう担当要らんわ!」という言葉通り、僕は全く必要とされていなかったのだ。
僕は相変わらず資料がないとうまく話せなかったが、今思えば逆にこれが良かったと思う。
話ができなくても、資料を置いておけばとりあえず読んでもらえる。
それに、「頑張っている感」が出るのもいい。
人は頑張っている人を見ると応援したくなる生き物だが、田中さんも例外ではなかった。
キャンペーンを企画して、販売力のある田中さんを乗せれば、面白いほどに売上が伸びた。
正直に言うと、最初はただ「怒られたくない」という気持ちからだった。
でもいつの間にか、「仕事が楽しい」と感じられるようになっていた。
「ダメな新入社員感」は消え去り、営業成績も上位に入るようになった。

僕が担当になってから2年ほど経った頃、田中さんは突然、お店を去って行った。
ある資格を取得して、転職したのだ。
あんなに忙しくしていたのに、いつ勉強していたのだろうか。
田中さんに聞いても、「まあ、ちょっとね」としか答えてくれなかった。

転職が決まっても、田中さんは最後まで全力で仕事していた。
「お世話になりました」と挨拶しに行ったら、「あれまだ届いてねーぞ!」と、発注ミスを怒られてしまった。
新入社員の時、発注書は30回ぐらい見直していたのに、最近はしょうもないミスが増えていた。

初心忘るべからず。
田中さん、本当にありがとうございました。